2016年02月23日

感動する心


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【感動する心】を紹介致します。





【感動する心】


いつもの致知出版のメルマガから、書家・相田みつをさんのお話です。
日々バタバタしていて、心に余裕がないなあとこのお話を読んで感じました。
反省です。
「自分の目がいつも光って、心が生き生き」していくことができるよう、気を付けて行動していきたいですね。

最後の、「感動のない者はなにをやっても駄目だと思います。」はぐさっと刺さる言葉です。

では、相田さんのお話をどうぞ。




仏の心を別の言葉で“柔らかい心"といいます。

さしずめ現代の人々の心は、損得、勝った負けたでいっぱいの、“硬い心"でしょう。
そして心が柔らかくなければ、感動もありません。
感動するというのは、昨日気づかなかったものに、今日、新たな発見をして感動するのです。
昨日も見た同じ萩の花なのに、今日、新たな発見をして感動する。
そのためには、心に余計なものが入っていない“柔らかい心"でないと駄目なのです。
私は毎日、何かに感動し、感激して生きていきたいと思います。
それが人間が生きることだと思うからです。
そして同時に、人に感動を与える書、人の心に響くものを書いていきたいと思っています。

うまさに徹すれば、それはそれで人を感動させることもできるでしょう。
しかし、それは所詮(しょせん)、私にはできないこと。
また、ただうまければいいというものでもないと思います。

たとえば結婚式の祝辞で、偉い人の代読を聞いたことがあるでしょう。
巻き紙に書かれた立派な内容のことを、とても上手に読みます。
しかし、感動はまったくありません。
ところが、新郎新婦の友人などのたどたどしく、決してうまいとはいえない話に、大きな感動を受けることがあります。

それは何が違うか、一言でいえば真心がこもっているかどうかだと思います。
友達のために何かいってあげたいという感動が、それを聞く人の心にも伝わるのです。

書も同じです。
自分自身に感動がないのに、人に感動を与えることなどできないでしょう。
いい書とは、練習ではなく、毎日の生き方の総決算としてできるのだと思います。
自分の目がいつも光って、心が生き生きしていないと、いいものはできない。

感動のない者はなにをやっても駄目だと思います。





※フッと思ったのが『私は毎日、感動しているか?!』でした。

そこには、心の柔らかさが、いかほどか・・・が、関係してくるのですね。

この文章、何度も何度も読み返しました。

今日も、真心をこめた、一日を。
  


Posted by makishing at 06:14Comments(0)