2010年11月08日

“かな”の成立




今日は、たまたま手にした昔の教科書『新修国語総覧』から《かなと国語の変遷》の「かなの成立」を紹介致します。



中国から漢字が伝来するまでは、わが国には文字がなかった。したがって、たいせつな事がらは多くの語り部の口伝えによって伝えられた。近世の国学者の中には、漢字伝来以前に「神代文字」というわが国固有の文字があったと唱える者(平田篤胤ら)もあったが、根拠がなく、音韻の面からも後世の偽作であろうと考えられている。


応神天皇の16年(285)に、百済から帰化して王仁が、「論語」10巻・「千字文」1巻をもたらしたと言われる。おそらくこのあたりから、漢字が渡来しはじめたのであろう。4世紀の後半には、朝廷や帰化人の間では漢字が用いられるようになり、日本語(やまとことば)を漢字で表記する必要が生じて、万葉仮名と呼ぶ特異な表記法が生まれた。ついでに平安朝初期には、それを簡略にしたひらがな・カタカナが派生した。


「かな」という語は「仮り名」の音便「かんな」の約であると言う。「かな」と言えば、広義には、万葉仮名・ひらがな・カタカナの三種を合わせてさし、狭義にはひらがなとカタカナをさす。





※「漢字が伝来するまでは、口伝え」というのは、ちょっとした驚きですね。
〈かな=仮の名・・・一時的なモノ〉の略なんですね。
昔使っていた教科書から、30年近く後に、こんな形で学ばせて頂くとは・・・なんとも不思議です!



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