2011年08月31日

直木賞の‘直木さん’は、ご存知??



誰もが知っている『芥川賞』『直木賞』です。芥川賞の芥川龍之介・・・では、直木賞は、誰ですか?



そんな疑問が晴れる記事が、8月21日読売新聞の『異才列伝』に載っていましたので、要約して紹介致します。





芥川龍之介の小説なら、芥川賞作家に限らず誰でも一度は読んだことがあるだろう。直木三十五の作品を知る人は直木賞作家の中でも極めて少ないのではないか。

代表作「南国太平記」も一般の書店では見つからない。読点の多さが目立つが、文章にリズムがある。人物のとらえ方が複眼的で「盗人にも三分の理」や「鬼の目にも涙」といった諺を随所で思い出させられた。

〈直木三十五逝く〉〈わが大衆文芸の巨星再び起たず〉〈闘病・四十四年の生涯〉〈僅か数年間に幾多の大作連発〉〈記念写真だけで早大卒業〉。宿病による満43歳の死を、当時の読売新聞は5本の見出しで報じた。

ペンネームの由来も遊び心に富む。本性・植村の「植」を2字に分けて直木とし、31歳の時に「三十一」を名乗ってから毎年三十二、三十三と改名、34歳は飛ばして三十五で落ち着いた。

同時代の作家・広津和郎に、無名で貧乏だった直木を描いた一文がある。何人もの借金取りを待たせて彼は奥で寝ている。会わざるを得なくなると、敵が〈泣いても怒っても笑っても怒鳴っても返事をしない〉。その撃退術に感心した広津が、のちに債権者の一人に会った。「あの人も傑く(えらく)なりましたな」と喜んでいたそうだ。

甥の植村鞆音さん(73)が6年前に出版した「直木三十五伝」は労作だ。文芸春秋社長の作家・菊池寛が何ゆえ「直木三十五賞」を創設せずにいられなかったのか。膨大な読書量と執筆の早さ、傲岸不遜とも評された直木に“文壇の大御所”が抱いた感謝と愛惜の念が惻々と伝わってくる。






※直木賞という賞が、あることしか知らなかった私。今回、本当に勉強になりました。

普段、決して新聞を隅々まで読むことは、ありません。

人との出逢いも大切で素晴らしいですが、こうした‘文章・文献との出逢い’は貴重なんだと、強く感じた今回の瞬間でした。



この記事へのコメント
人とのご縁、出会いなどから人脈は増えていきます
人脈豊富になることでいろんな情報も入手できます

しかし、対人関係からも情報にも限度があります
本屋に立ち寄りベストセラーの立ち読みをしたり
新聞の片隅までも目を通すことも必要になります

我が家の新聞は・・・
「讀賣新聞」サンケイ新聞」「大阪日日新聞」「日本一明るい経済新聞」です。
Posted by 進藤幸男 at 2011年08月31日 08:40
進藤幸男様

訪問、ありがとうございます。

本屋の立ち読みや、新聞にしっかり目を通すことは、情報のインプットとして、必要ですね。

「大阪日日新聞」「日本一明るい経済新聞」というのが、あるのですね。

ありがとうございました。
Posted by 牧野眞一 at 2011年09月01日 01:01
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