2014年05月22日

江戸時代の有名な‘道頓堀の植木屋さん’


今日は、大阪市立総合生涯学習センター編集で大阪市教育委員会発行の『いちょう並木3月号』の〔おおさか歴史探訪77〕より【人気を博した植木屋吉助の庭】を紹介致します。





道頓堀といえば繁華街のイメージが強い場所ですが、その東端が北に折れて東横堀川となるあたりに、かつて江戸時代には植木屋さんの広大な庭が広がっていたのをご存じでしょうか。

店の名は「植木屋吉助」。初代吉助が元禄5(1692)年に創業したといわれ、大坂における植木屋さんの草分けでした。三千坪ほどの広大な敷地内には、初夏の牡丹、晩秋の菊などのために花壇が設けられ、観賞用の座敷や四阿(あづまや)も建てられており、庭園のような景観を呈していました。そのため遠方からも見物客が訪れ、その賑わう様子は当時の観光案内書でもあった『摂津名所図会』にも描かれています。また、和漢の名木が多く植えられ、それを船で各地に発送するという、今日の通信販売のような商いをおこなっており、「植木屋吉助」の名は江戸にまで聞こえていました。付近には名水で知られた「二井」(ふたついど)もあって、一つの観光スポットとなっており、すぐ東にある展望の名所として人気のあった高津宮絵馬堂からの眺望にも貢献していたことでしょう。

明治時代に入ってからも松井吉助と名乗って植木商を続けていましたが、明治の末年に廃業、現在その跡地は変電所やマンションなどになっています。(大阪市教育委員会 文化財保護担当)





※植木屋さんのルーツが、道頓堀にあったこと、全く知りませんでした。



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