2014年11月22日

感謝すべきことを先に言う


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガからです。





【感謝すべきことを先に言う】



いつもの致知出版のメルマガから。
藤尾秀昭氏の『心に響く小さな5つの物語』からのお話です。

作家の三浦綾子さんのことを書かれているのですが、先日日経新聞でも三浦さんの記事があり、壮絶な人生と素晴らしい出会いでどんな逆境にも正面から立ち向かわれた人だったんだなあと思っておりました。


では、藤尾氏の三浦綾子さんに関するお話をどうぞ。




 幸福論の言葉で真っ先に思い出す人に、作家の故・三浦綾子さんがいる。

 三浦さんの人生は難病の連続だった。
 24歳で突然高熱に倒れたのが発端である。

 それがその後、13年に及ぶ肺結核との闘病の始まりだった。

 当時、肺結核は死に至る病だった。
 入退院の繰り返しの中で、三浦さんは自殺未遂も起こしている。

 さらに悲惨が重なる。
 脊椎カリエスを併発。

 ギプスベッドに固定され、動かせるのは首だけで寝返りもできず、
 来る日も来る日も天井を目にするのみ。

 排泄も一人ではできず、すべての世話はお母さんがした。

 そんな生活が4年も続いたとは想像を超える。

 そこに1人の男性が現れて結婚を申し込む。
 光世さんである。

 その日から薄紙を剥ぐように快方に向かい、二人は結婚する。

 綾子さん37歳、光世さん35歳だった。

 そして綾子さんの書いた小説『氷点』が新聞社の懸賞小説に当選、作家への道が開ける。

 しかし、その後も病魔はこの人を襲い続けた。

 紫斑病。
 喉頭がん。
 三大痛い病といわれる帯状疱疹が顔に斜めに発症、鼻がつぶれる。

 それが治ったと思ったら大腸がん。
 そしてパーキンソン病。

 この二つを併発している時に、初めてお会いしたのだった。

 次々と襲いかかる難病。
 それだけで絶望し、人生を呪っても不思議はない。

 だが三浦さんは常に明るく、ユーモアに溢れていた。

「これだけ難病に押しかけられたら、普通の人なら精神的に参ってしまいますね」
 という質問に三浦さんは笑顔で答えた。

「神様が何か思し召しがあって私を病気にしたんだと思っています。
 神様にひいきにされていると思うこともあります。
 特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと……。いい気なもんですねぇ(笑)」

 誰の人生にも絶望的な状況はある。
 だが、心が受け入れない限り、絶望はない。

 同様に、誰の人生にも不幸な状況はある。
 しかし、心が受け入れない限り、不幸はない。

 三浦さんの生き方はそのことを教えてくれているように思う。

 その三浦さんがこんな言葉を残している。

「九つまで満ち足りていて、十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、
 人間はまずその不満を真っ先に口から出し、文句をいいつづけるものなのだ。
 自分を顧みてつくづくそう思う。
 なぜわたしたちは不満を後まわしにし、感謝すべきことを先に言わないのだろう」





※すべての物事に感謝して、心が受け入れることが、肝要ですね。

皆様は、どう感じましたか?



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