2015年03月15日

能力の低い子でも伸びるか


今日は、去年12月12日に掲載した本『公文式の算数革命』(公文公著:講談社)より【能力の低い子でも伸びるか】を紹介致します。





Q3.うちの子は、正直なところ頭が非常に悪いように思います。こんな子でも数学ができるようになるでしょうか。



「信じられないほどの可能性がある」


頭が良いとか悪いとか言うよりも、とにかく学習させてみることです。

中学一年の生徒で、小学一年程度の足し算から始めなければならないような、極端に学力の低い子もいます。

そんな子どもでも、公文式で学習することによって、親がびっくりするほどの可能性を示す場合がずいぶんあります。

たとえば、特別学級の子が高校入試に成功しているケースもあるのです。

「中学生や高校生に、小学校の足し算などをやらせて、今さらなんの意味があるのか」と言う人たちもいます。私はその人たちにたずねたい。

「では、あなたはその子たちに何をさせるのですか。何もさせないで放っておくだけですか」と。

どんなに能力の低い子どもでも、その子ができるところから、とにかく学習をさせてやりたい。そして、その子に可能性が出てくるのを待ってやりたい。

―――これが私たちの願いなのです。

どんな可能性が出てくるかの一例として、家出をした高校一年生A君のことをご紹介しましょう。

A君の担任の先生は、家出先から両親につれもどされたA君に、家出の理由などについて、やさしくたずねました。A君の答えを要約すると、こうでした。

「ぼくは、学校に行ってもつまらない。授業は何ひとつわからないからです。わかるのは、公文の時間だけです」

その高校(私立)では、週二時間、正課として公文式を採用しており、A君は小学一年の足し算(A教材)から始めて、小学二年の計算(B教材)まで進んでいたのでした。

もしもA君が公文式と出会わなかったら、何が自分にとって「わかる」授業であり、何が「わからない」授業であるかということさえ、永遠にわからないまま高校を卒業したかもしれません。「わかる」ことと「わからない」ことの区別がつくようになったA君は、自分の可能性を大きく開いたことになるのです。





※“わかりやすさ”が、非常に大事であることと、“わかる”を“できる”にすることが、重要なのですね。

できるところまで下りて、学習することは、仕事を覚えていく過程でも、同じですね。



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