2015年07月21日

人情から生まれた、ミナミのアイスキャンデー


今日は、大阪市交通局発行・監修のフリーペーパー『モーラ!2015 vol8』の中の〈終わらない大阪の伝説〉から【北極アイスキャンデー:株式会社アークティック】(人情から生まれた、ミナミのアイスキャンデー)を要約して紹介致します。





昔も今も、暑さ厳しい大阪の夏に、ひとときの涼を与えてくれる、戎橋筋商店街で生まれた『北極』のアイスキャンデー。今では芸能人にも愛されている“なにわ銘菓”のひとつ。

『北極』は、1945年にミルク・あずき・パインの3商品で創業。きっかけは、大阪の人々のことを思う深い人情にあった。

「創業者は、父です。当時は十分な食料もなかった時代ですが、子どもや女性にだけでも、冷たくて美味しいアイスキャンデーを提供したいという思いから創業したそうです」と、代表取締役の久保田光恵さん。当時は貴重だった砂糖を使いながらも、1本20円という安値で販売したという。終戦後の日本を統治していたGHQに掛け合って原料を輸入し、新商品のココアを開発・販売したという逸話もある。

アイスキャンデーには今も創業時からのこだわりが息づいている。素材を厳選し、あずきの原料は創業時から北海道十勝産の小豆を使い、工場では型に流し込んだ原料に棒を押し込む工程、型からの抜き取り工程を今も手作業で行っている。マイナス24℃で約2時間冷凍する製法も、創業時から変えていない。

『北極』のアイスキャンデーの斜めに棒を刺すスタイルは、食べる時の持ちやすさのほかに「箱で持ち帰る際にドライアイスを入れるスペースを広く割くことができる」との工夫。棒の素材を奈良県吉野から取り寄せる香り良いスギ、または殺菌作用あるヒノキだけにした。

こだわりを貫く理由は、「とにかく、味を変えたくないから」。それを裏付けるように、創業時から販売するミルク・あずきは、現在も売上の1、2を争う人気商品となっている。

「大阪が元気になるには、まずそれを象徴する難波周辺が元気にならないと。その為にも、この味、この場所で、頑張っていきたいと思います」





※現在、70周年を記念して、新商品を企画中とのことでした。

変わらない、懐かしい味を、移り変わる市場に浸透させている、素晴らしい融合事例です。



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