2016年02月28日

宝塚歌劇の演出していた人


今日は、阪急電車の沿線情報紙『トック3月1日号』の中の〔ザ・レジェンド オブ・タカラヅカ〕のスタッフファイルから、宝塚歌劇団理事で演出の、高木史朗氏(ブログテーマ:宝塚歌劇の演出していた人)を紹介致します。





中学生の時、白井鐵造の『ローズ・パリ』を観て感激し、宝塚歌劇への道を志す。25歳の時に『太平洋』でデビューし、翌年に画期的な童話レビュー『こども風土記』で話題を呼ぶ。その後も1952年の洋物レビュー『シャンソン・ド・パリ』や、1963年の現代ミュージカル『虹のオルゴール工場』、1971年の異色作『星の牧場』など、幅広い分野で70数本の力作、傑作を生み出した。中でも1960年の『華麗なる千拍子』は、観客動員80万人を記録する大ヒットとなり、芸術祭文部大臣賞も受賞。宝塚歌劇の名作の一つとなっている。




【略歴】昭和11(1936)年に宝塚少女歌劇団に入団。昭和15(1940)年に『太平洋』でデビュー。昭和35(1960)年に『華麗なる千拍子』で芸術祭文部大臣賞を受賞。昭和60(1985)年逝去。





※宝塚歌劇団の偉大な演出を手がけた高木史朗氏が‘中学生の時、観た作品がきっかけ’で、その後の人生を大きく変えたことに、生きていると何が起こるかわからない面白さや奥深さを、感じずにはいられません。



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