2016年09月12日

典型的な間違い日本語【12】


今日は、『間違えると恥ずかしい日本語500』からです。





☆:×愛想をふりまく→○愛嬌をふりまく

「愛想」は、人当たりのいい態度のこと。「愛嬌」は、相手を喜ばせるような言葉や振る舞いのことをいう。似たような意味だが、「愛嬌」は、その人にもともと身についているものをいうことが多く、「愛想」は意識的な態度をいうときに使われる。「ふりまく」のは「愛嬌」、「尽かす」のが「愛想」である。



☆:×照準を当てる→○照準を合わせる

「照準」とは、射撃で弾丸が目標に命中するように狙いを定めること。転じて、一般に狙いを定めることや、基準に照らすことをいうようになった。弾丸を的に当てるという意味で「照準を当てる」と使われがちだが、「照準」は当てるものではなく、合わせるもの。「照準を合わせる」としなければおかしい。



☆:×押しも押されぬ→○押しも押されもせぬ

「押しも押されもせぬ」は、実力があって堂々としているさまをいう。語尾の「せぬ」が「押しも」と「押されも」の両方にかかり、何事にも動じないという意味になる。「押しも押されぬ」では、「押しも」のかかるところがない。これは、よく似たべつの言い方で、びくともしないという意味をもつ「押すに押されぬ」との混同による間違いだろう。



☆:×孫にも衣装→○馬子にも衣装

「馬子」とは、馬を引いて人や荷物を運んでいた人のことで、身分が低い者という意味。そのような人でも、衣装によっては立派にみえる、つまらない者でも外面を飾れば立派にみえるものだということの意。差別的な表現なので、自分で使うのはいいが、第三者に対していうのは失礼である。



☆:×寸暇を惜しまず→○寸暇を惜しんで

「寸暇」とはわずかな空き時間、「惜しむ」はもったいないと思うことだから、たとえば「寸暇を惜しまず勉強する」というと、わずかな時間をもったいないと思わずに勉強するというおかしなことになってしまう。「骨身を惜しまず」に代表されるように、惜しまないほうが美徳に感じるゆえの誤用かもしれない。





※このシリーズ、約9ヶ月ぶりです。

私自身、今回も間違って使っていたのが、ありました。

日本語って、難しいですね。



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