2016年09月16日

布施について


今日は、(株)東大阪新聞社発行の新聞〔東大阪〕8月15日号より【布施について】を紹介致します。





布施をする人の心が清らかでなければいけない。俺がお前に施してやっているんだというような思いがあっては布施にならない。

また布施をもらう人の心も清らかでないといけない。さらに布施も清らかでないといけない。汚職等によって得たお金を施しても、それは布施にならない。そして僧侶は布施をいただく人ではなく、もらってやる人だ・・という解釈から布施は成り立つ。

一般の人たちの中にはお坊さんは肉を食べないと思っている人も多数いるが、信者が布施してくれた肉は食べなければいけない。食べなかったり断ったりすると施した人には布施にはならない。そして僧侶は施されたものは全部食べなければならない。これも布施の思想に基づいている。

布施とは決して恵んでやるものでもなければ救ってやるものでもない。もらっていただくもの、受け取ってもらうもの、そういうことから考えてみると笑顔も布施であれば、言葉の布施もある。

故に何が布施になるかを知るためには“智慧”が必要である。自分が布施をしていろいろと考え、そして反省していくところにおのずから智慧が湧いてくる。その智慧に支えられてさらに布施を行えば自然に般若が備わってくる。これが“般若心経”の教えている修行の構造かと思われる。





※いわゆる『御布施』についての説明文でしたが、如何でしたでしょうか?

そのものの考え方や、それをする人や受ける人の考え方を、初めて知りました。とても深いです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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