2016年10月30日

礼儀


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【礼儀】を紹介致します。





【 礼儀 】


人間という物質と人間という物質が触れ合うのが、人間関係だ。

人は、人間関係から避けて通れない。

それはなぜか?

自分の回りに存在する人間関係から、学ばなければいけないからだ。

学んで、自分の心を成長させるのだ。


理科で習ったように、物質と物質がこすれると起こるのが、摩擦だ。
摩擦が激しいと、煙があがり、火も起こる。

その人間関係から発生する摩擦を軽減してくれるのが、五原則だ。

『挨拶』
『返事』
『礼儀』
『敬語』
『笑顏』
である。


今日は、「礼儀」

礼儀は、自分以外の人たちの中で生きていくためのシキタリであり、他の人を不快にさせないためのエチケットである。

世間で、してはいけないことは、してはいけない。
人を不快にさせることは、してはいけない。

例えば、電車に乗る
・腰を浅く座席に座ると、足が前に出て、前の人の邪魔になる
・つり革を掴むときに、カバンは背中に担がない
・大きな荷物がない限り、出入り口には立たない
・座席に据わっている時、他の人が来たら、詰めてあげる


例えば、道を歩く時
・ぶつからないように、お互いに避けたり、肩を引いたりする
・道の真ん中を歩かない
・雨の時、傘があたらないように、雫が飛ばないように、外側に傾ける
・ドアを先に通る時、後ろの人のために、ドアを押さえていてあげる
・自分が人の前や後ろを通るときには、「失礼します」とひと声かける

などなど、挙げたら、キリがないくらいだ。


人間は肉体を持って生まれてきている
だから、自分が一番可愛いのは当然。

「私が!」
「私が!」
と自分のことしか考えない自己中心は嫌われる。

浅ましいからだ!

「浅ましい」とは、辞書には、
人間らしくない有様で、情けないこと
と書いてある。

だから、自分のことは、一番最後に考える人、自分のことよりも、目の前の人のために、行動できる人が、人間として、尊敬され、カッコいいのだ。

それはなぜか?

全て、目の前の人への「思いやりの体現」だからだ。


「思いやり」とは、私はこう定義している。

『相手の立場に立ってモノを考えて、相手が笑顔になる行動を出来ること』


大人として、礼儀を、きちんとわきまえて、「思いやり」を体現できる行動をしていこう。





※『礼儀』は、当たり前なことを、当たり前として、継続して行う善行です。これを、続けていきたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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