2017年07月25日

自分の世界を広げるために必要な2 点とは


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【自分の世界を広げるために必要な2点とは】を紹介致します。





あなたは自分の知っている世界というものを広げ、そして、自分という人間の枠を広げていきたいと思っていますか?

もしそう思っているなら比較的簡単にできて積極的にやるべきことがあります。

それは、、、


「自分の知らない人だらけの場に飛び込むこと」そして、 「自分のやった事のない事に挑戦すること」


この2点です。

生活の大部分を占める仕事においては自分の意思で、知らない職場に行ったり勝手に好きなことを始めるのはいささか無理がありますが、ことプライベートな学びや出会いにおいては、積極的にこの2点を行ってみることが自分の枠を広げることになるでしょう。

なぜ、こんなことをする必要があるのか?

それは意識して、自分の枠を広げることをしなければ、自分では全く気づかないうちにぬるま湯につかった状態となり、気心の知れた友人や知人たちに囲まれた状態が、自分にとって最高に心地の良い環境になってしまうので、そこから成長することができないからです。

人間、そのような環境にいる限り成長などできませんし、甚だ大きな勘違いをしてしまうかもしれません。

自分の「常識」や「価値観」は所詮、自分の世界の範囲でしか通用しないことであり、自分の世界の1歩外に出てみればそれまで常識だと思っていたことが、実は、常識とは言えないものだった、、、 といったことは珍しくもありません。

しかし、自分に見えている世界が常識なのかどうかは、その世界の外に踏み出してみなければまったく判断できないことであり、それだけに意識して外へ踏み出していいことをしなければ、勘違いしたまま人生を終えてしまう危険さえあるのです。

物事の良い悪いは個人の主観が決めることですが、人の認識とは、人の数だけありそれが並行して世の中に存在していることに気づかなければ、「独りよがりで、滑稽な認識」に偏ってしまうかもしれません。

そしてその独りよがりの認識が狭い世界の中であればあるだけ、外の世界から見た場合痛々しく見えてしまうものだと思います。

それに、「井の中の蛙大海を知らず」とか「お山の大将」と言った言葉があるように、狭い世界の中で頂点に立ってしまうと、外から見ると、より一層滑稽さが増してしまうと思います。

人の管理下で飼育された猿山で、ボスとして君臨していたボス猿と、厳しい野生の世界で群れを率いているボス猿とでは、生きていくための強さや群を統率する厳しさには雲泥の違いがあると思います。

人間世界の猿山でボスの地位を誇っていても、野生に放り出されたら途端に野垂れ死にしてしまうかもしれません。

しかし、一生を人間世界の猿山で暮らしていれば、もっと厳しい野生の世界があることすら知らないまま死んでいくことになるでしょう。

もしかすると、それはそれで幸せなことかもしれませんが、


自分をもっと高めたい!
もっと違う世界を知りたい!
自分という人間の枠を壊したい!


あなたがそう思っているなら心地の良い世界を抜け出して、外に飛び出すしかないのです。

もしかすると、その外の世界ではあなたは自分のひ弱さを痛感することになるかもしれません。

しかし、痛みがあるからこそ人はその痛みを避けるために成長しようとするのです。

しかし、成長を拒み、痛みを避け、「自分は、この世界の中で十分」で「その狭い世界の中で1番であればいい」と思う事は、端から見ると、痛々しくて恥ずかしい存在に見えているかもしれません。

そんなことにならないためにも常に謙虚に、そして前向きに、「自分なんてまだまだ、、、」こう思わせてくれる人たちに刺激される環境に身を置き続けるしかありません。

自分の経験値が増していき人に価値提供できる機会が増えると、人間は知らないうちに慢心します。

すると自分では気づかぬうちに「お山の大将」になっていくのでしょう。

端から見ると、そんな恥ずかしい状態になる前に、自分の自惚れをたたき壊し慢心を取り除いてくれるような環境を自ら求めていく必要があるのです。

自分は常に「ゼロ」であって今この瞬間から「イチ」を積み上げていく、、、 こんな姿勢でいることがあなたの世界を広げ、自分という人間の枠を広げていくことになるのです。





※如何でしたでしょうか?!

『現状維持は後退』とも、言います。

常に、成長していくために、この2点を実践し続けていきたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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