2017年09月27日

自分軸が明確になっていくニュースの見方とは?


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【自分軸が明確になっていくニュースの見方とは?】を紹介致します。





最近見てビックリしたニュースがあります。
  
それは、「ロボット僧侶の登場」です。
 

海外の葬儀業界の展示会においてソフトバンク社が「何と!」ロボットであるpepperくんをロボット僧侶として朝晩のお経を読んでもらう要員として展示しているニュースがありました。
 
実際に地方のお寺では、檀家さんが減り、アルバイトをしながら維持している僧侶もいるそう。
 
そんな中でロボット僧侶が登場することが負担を減らすことに繋がる。
 
そういったサービスなのだそうです。
 
 
このニュースを聴いて、感じたことは「神聖な時間にロボットなんて!」「人間がやっていないお経に意味はない」そんな反論が出てくるだろうなぁ、ということでした。
 
しかし、その反論の前提にあるのは「お経は人が唱えるべき」という考えです。
 
「いや、それは当たり前でしょ!」となってしまうことも分かりますが、今の時代はこのような昔から当然だと思われてきたことが、次々と見直されていってる時代になっています。
 

例えば、同じく葬儀業界の話ですが、今や葬儀社選びをサポートするポータルサイトがあります。

今までは近くの、いつもお世話になっている斎場を選ぶのが当然でしたが、(もちろん、結果的にそこを選ぶ確率は高いと思いますが)格安葬儀ができるところも増えているため、選択肢の幅を圧倒的に広げやすくなりました。
  
また、特に都会においてだと思いますが、この10年でシェアハウスが増えています。
 
シェアハウスというと若者の寮のような多少の汚さのある、安い家のイメージを持ってしまいがちですが、最近では、デザイナーズシェアハウスとも呼べるような綺麗なものも多く、かつ、独身者だけではなく、カップルや結婚した後に住む人も出てきています。
 
これも、自分の家を持って住むことがステータスだという常識からすると全く別の世界ですよね。
 

他にもたくさんの例がありますが、あるニュースや出来事に対して違和感、嫌感が湧くのは自分の中にある価値観との不一致があるからです。
 
 
しかし、実はその価値観は実際は自分で選んだものではないことが多いです。
 
「みんながそう言ってるから。」
「両親がそう言ってたから。」
「何となくそう決まってるから。」
 
生きてきた中で、無意識にそうだと思い込んでいることはけっこう、いや、かなりあります。
 
もちろん、そのことが悪いわけではありませんが、そこには「私は本当は何を大事にしたいのか?」ということを考え直すチャンスがあるんです。
  
小さな違和感、嫌感を哲学できる人が「私にとっての幸せ」を見つけられる人です。
 
「なにが嫌なの?」
「なんでそう思ったの?」

そんな問いかけを繰り返し、違和感、嫌感を掘り下げていったときに、自分が当然だと思い込んでいることが浮かび上がってきます。
 
その後には、こう問いかけます。
 
「(このことに対して)どう感じる?」
「本当はどうしたい?」

すると、「あれ?思ったよりどっちでもいいな」とか「こうしたいな!」とか「やっぱりこれが大事だ」といった答えが出てきます。
 
このときに、選び直しができるんです。
 
 
このことを色んなことに対して取り組んだ分だけ、自分軸が強く、太くなっていき、ブレない生き方ができるようになっていくんです。
 
ブレない生き方をしたい方はぜひ、日々眺めるニュースを自分の幸せ観を見つけるためのチャンスとして、掘り下げてみてくださいね。





※『常識と非常識』を、どう捉えるかだと、思います。

人によって、解釈が違います。

こうしたモノの考え方、必要になってきました。

そういう時代にも、なってきたのかも、しれません。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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