2017年11月19日

考えてばかりの自分は、大自然が導いてくれる


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【考えてばかりの自分は、大自然が導いてくれる】を紹介致します。



 
 
フィリピンのとある場所に、ビーチとしてだけ使われる島があります。
 
いや、島というより珊瑚でできている砂浜だけの小さな小さな島です。
 
近くの島から小さな船で行くのですが、周りに遮るものが一切なく、360度、海と空に囲まれています。
 
この島に初めて来たときこう思ったんです。
 
「追いつかない!」
と。
 
そして、同時に少しの不安感を感じました。
 
 
何が追いつかないかというと、思考がです。
 
普段、私が目にしているのはパソコンや携帯の画面だったり、街中の風景といった人工物の枠の中です。
 
だからこそ、把握できている。
 
そんな感覚を普段は持っています。
 
しかし、その島では四角い枠などどこにもなく、変な話、どこを見ればいいのか分からないんです。
 
(この時点で自分がいい悪いという1つの軸だけで物事を判断していることが分かります。)
 
360度の無限かのような景色の広がりに対して私の思考はお手上げ状態でした。
 
そして、少しの不安といったのは分からないことだらけなことに対する不安でした。
 
物事は把握できて当たり前。
 
分かって当たり前。
 
そんな常識を無意識にもってしまうと、その「分かっている」という枠を強制的に飛び出させられることについて恐れを感じてしまうのです。
 
 
本当は、世界は分からないことの方が多いですし、分からない世界を感じることに幸せや豊かさがあるのですが、思考で処理しようとすると、その世界から遠ざかってしまいます。
 
過去の私は間違いなく、分かる世界だけがすべてだと思って生きていました。
 
 
そのときの私は思考が停止し、文字通り「ポカン」としていました。
 
思考に偏っていた私であればその間に不安を感じて何か話そうとしていたでしょう。
 
 
しかし、感じることについて学び、トレーニングしていたタイミングだったのでそのまま待っていました。
 
 
すると、急に空の青、海の青、そよ風、潮の香り、鳥の声が見えてきた、聴こえてきた、感じてきたのです。
 
 
 
そして、身体が何かを感じているという感覚にも気がつくことができました。
 
 
結局、言葉にできたことと言えば、「わーーー!」とか、「やばい!!」といった、感情的な表現だけでした。
 
 
でも、それで良かったのだと思います。
 
 
明確に説明できることが本当の本当の自分自身の表現かというと、そうではありませんから。
 
 
私たちはいつも感じていることの方が圧倒的に多く、その一部を言葉にして考え、話していますから。
 
 
でも、その本来の順番が逆転してしまい、窮屈な感覚を持って生きている方が多いように思います。
 
 
そんな方にこそ、圧倒的な大自然に触れてみて欲しい。
 
そして、その中で言葉にできないという感覚を味わい、ただその場にいるという時間を過ごしてみて欲しい。
 
そんな風に思います。
 
 
圧倒的な大自然は、勝手に思考停止にしてくれる。
 
言葉にできないことがあっていい。
 
それでも表現したいことがあれば勝手に出てくる。
 
普段思っている自分よりも、そっちの自分の方が本当の本当かもしれない。
 
 
今回お伝えしたいのは、そんなことでした。
 
 



※こういう体験を、日常で出来ること、ないと思います。

こうした場所に行くことを、たまにはしたほうが良いかもしれませんね。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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