2020年06月23日

‘誰も傷つけない’笑いで開花


今日は、LINEを見ようとして出てきた、NIKKEI STYLEの中から【‘誰も傷つけない’笑いで開花】を要約してを紹介致します。

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2019年の漫才日本一決定戦『M-1グランプリ』で、初の決勝進出にして3位に輝いたぺこぱ。シュウペイの無邪気なボケを、松陰寺太勇がツッコまずにに受け入れる独自なスタイルの漫才を披露。審査員の松本人志が「新しいところを突いてきた」と高く評価した。頭ごなしに否定しないネタは、今の時代感にフィットし、高い支持を得ている。

結成は2008年。音響の専門学校卒業後、居酒屋でバイトしていた松陰寺が、後から入ってきたシュウペイを誘いコンビを組んだ。「バンドをやりたくて上京したが、周りが上手すぎて挫折。それでも表舞台で何かやりたいと思い、お笑いに目を向けました」と松陰寺。

互いの第一印象は「シュウペイは雑誌でしか見たことがないギャル男で、髪の毛先を遊ばすのはサイヤ人みたいでした」(松陰寺)、「見た目は地味な大学生で、ズボンのチャックが開いていて、そこからマフラー出ていて『何だこの人』の印象が強く、お笑いをやろうという誘いも正直、心が動かなかったです」(シュウペイ)。

お笑いのこと、全く知らず、1年目から売れると思っていたシュウペイの思惑は当然外れ、今のスタイルが出来上がる迄、様々な変遷があった。ボケとツッコミの役割を何度も入れ替える『ボーイズラブ漫才』『ラッパー漫才』をやっていた時期を経て、13年頃ようやく現在の松陰寺の原型となるキャラクターが生まれた。

「ドラマ『花より男子』の道明寺司がカッコ良かったから、名前も似た響きのものにしようと思って、今の芸名を考え、相方に電話で伝えたが4回くらい聞き取ってもらえませんでした」(松陰寺)と振り返る。

「2年に1回のペースで『やばい、売れるネタできた』って言うんですよ。そのたびに『また芸風変わるんだな』って思ってました」(シュウペイ)。

19年元旦の『ぐるナイおもしろ荘へいらっしゃい!』で優勝。そのまま、のし上がると思いきや、露出は増えず、所属事務所のお笑い部門閉鎖に伴い、昨年、サンミュージックプロダクションに移籍することに。

目指す芸人像は「まだ考えられない。とは言え、売れなかった12年があるんで、前が見えない道を歩くのは得意です」と松陰寺。シュウペイも「何も分からない分、1個1個の仕事を丁寧にやっていくだけ」と笑顔を見せた。

新しいスタイルの漫才を武器にどこまで駆け上がるか。まだ未知数の2人ゆえに、今後も要注意だ。

(日経エンタテイメント!5月号を再構成)





※お笑いが大好きな私も、去年のM-1グランプリで初めてぺこぱの漫才を観ました。

業界を知らず、何かやりたいという想いだけだと、〔そう簡単には売れない答え〕が、お二人に待っていたようです。

よく何回もネタを替えて、果敢にチャレンジをした精神が、素晴らしいです。

時代や環境に適合させて乗り越えていくビジネスの世界と、重ね合わせてしまいました。

ぺこぱのこれからの活躍を、楽しみにしていきたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。



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