2009年04月22日

《素直な心》


松下幸之助さんの“幸之助語録”第4弾の引用です。



《素直な心》

「素直な心と言うものは、非常に尊いものだ。その尊いものは一朝一夕には得られないと、僕は思う。もし君が素直な心になってものを見ていこうと欲するならば、とにかく1日1回は、今日も素直な心で対処していこう、物事を見ていこうと言う気分になることだ。」



段がある訳ではないが、素直な心の初段者と言えば、いつの場合でも素直に心が開くだろう。
碁の例でいくと、1万回碁を打ったとすると、だいたい初段になれるという。とすると、素直な心初段になるにも1万回、それを念じなければならない。仮に毎日今日は、素直な心でいこう、そう思ってだいたい30年。実際、そのくらいの時間がかかるくらい、一人前になるのは難しい。
素直な心だけではなく、本当の生き甲斐が、生き甲斐として結実するには何事も30年、年季をかける必要があると思う。





※「一人前とは?」考えさせられる、問題提起です。生きている限り、常に“毎日を素直な心で過ごす”との行動指針が必要なのですね。



この記事へのコメント
以前に聞いた話を思い出しました
松下 幸之助は入社面接で「今まで運がよかったですか」と聞いたときに
「良かった」と答えた人を採用したそうです

自分の運の良し悪しの感じ方は自分で決めるもの
これまでのこと・周りのことに感謝する素直な心があれば、今後は伸びるだろうと考えられたそうです

小さな子供といると本当に素直です
人は元々は素直な心を持っているものと思います
Posted by 尾上 正 at 2009年04月22日 06:46
尾上正様

訪問、ありがとうございます。

「運が良かったら採用の面接」は、有名な話だそうですね。

運が良いと思っている人を採用するのは、松下幸之助さん御自身が強運の持ち主を自負されていたから、なのだそうですね。

身体が丈夫で無かったから、大事な仕事を他の人に任せたり、高学歴では無かったから、開発を他の人に任せたり出来た、との事だそうです。

素直な心を持って、行動に移せるよう、精進致します。

ありがとうございました。
Posted by 牧野眞一 at 2009年04月22日 07:30
お世話になります。

自分では素直なほうだと思うのですが、時々わからなくなることがあります。

人から言われたことをすべて受け入れる「素直」さと、自分の心のままに生きる「素直」さと、相反するように思えるときがあるのです。

孔子が論語の中で「志の欲する処に従えども、則を越えず」と説いた状態が、この二つの融合することを意味するのだと思いますが、精進してもなしえるのは70歳でのことなのですね。

やはり一生勉強ですね。

あせらず一歩一歩、自分に言い聞かせます。

有難うございました。
Posted by 徳永 光之 at 2009年04月22日 22:42
徳永光之様

訪問、ありがとうございます。返事が遅くなり、申し訳ありません。徳永様は、素直です。
人から言われた事を受け入れる「素直」さを御持ちです。受け入れは、“全て”ではなくて良いと考えます。自分の心のままに生きる「素直」さも、たまには“心のまま”に行かない場合がありますが、そんな時も、無理しないで良いと考えます。

孔子の論語、この二つの融合するのを意味するのですね。私はこの論語、存じあげませんでした。

人間どこまで行っても、一生勉強ですよね。

生涯学習してまいりましょう。

ありがとうございました。
Posted by 牧野眞一 at 2009年04月23日 06:25
「素直な心」を磨くために意識しているのは、執着心を捨てることです。

また、いろいろなことを身につけるのではなく、自分の「素直な心」を覆い隠し

ている「心の塵」を取り除いていく努力が大事ですね。

よけいなものを取り除き、心軽やかにやっていきたいものですね。

有難うございます。
Posted by 北島 俊彦 at 2009年04月24日 10:23
北島俊彦様

訪問、ありがとうございます。“執着心を捨てること”勉強になります。

そして「心の塵」を取り除く努力なのですね。

北島俊彦様を拝見していますと、相手が誰であろうと、御自身を自然に表現しておられます。

変に力んだり、執着を持つ事なく、自然体で行動する事が『素直な心』に起因するのですね。

ありがとうございました。
Posted by 牧野眞一 at 2009年04月24日 10:52
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