2011年01月27日

『障子を開けてみよ』




今日は、会社の社内勉強用に頂いた書籍「トヨタウェイのルーツ」から、紹介致します。




☆障子を開けてみよ。外は広い。豊田佐吉




オープンでグローバルな意識・視点を常に持ち、世界各国の法を遵守することは勿論のこと、様々な文化・民族、個々人の多様性を尊重し、異質性と多極化を容認することが必要である。




◎解説


佐吉が明治44(1911)年に創設した豊田自動織布工場は、第一次対戦による好景気で活況を呈した。経営規模の拡大に伴い、大正7(1918)年株式会社に改組し、豊田紡織株式会社を設立。佐吉が社長に、女婿の豊田利三郎が常務取締役に就任した。

利三郎は、三井物産名古屋支店長時代に、佐吉を物心両面で援助した児玉一造(東洋棉花の創業者)の弟で、大正4(1915)年、長女愛子の婿養子に迎えられた。

佐吉は、豊田紡織設立の翌大正8(1919)年、中国上海に紡績・織布工場を建設すべく永住の覚悟で移住し、同十年には、豊田紡織しょうを設立している。

中国での事業に対して周囲の反対は強かったが、中国進出を決意した佐吉は、その人々に「そこの障子を開けてみよ。外は広いぞ。」と語ったと伝えられている。国内での成功に甘んじる事なく、海外での飛躍を期する気持ちが込められている。






※『オープンでグローバルな意識・視点を持つ』・・・単一民族の島国である日本。今でこそ、普通の言葉かもしれませんが、明治時代のど真ん中で、誰が言えるでしょうか。

幕末・明治維新の偉人達同様、トヨタ自動車は、ルーツを紐解けば、世界一になる要素を、既に持ち合わせていたのですね。
  


Posted by makishing at 06:51Comments(2)