2020年12月20日

おきばりやすー『頑張る』と『気張る』


今日は、いつも楽しく読ませて頂いているメルマガから【おきばりやす―『頑張る』と『気張る』】を紹介致します。





【おきばりやす―『頑張る』と『気張る』】


PHPの少し古い冊子からのお話です。
少し長いですがお付き合いください。



京都の安土桃山時代から続く老舗和菓子店に就職した女性のお話。主人公は斉藤朱音。
この和菓子店、ただのお饅頭屋さんではない。同社の銘菓は進物の高級ブランドとして知られ、大手百貨店にも出店。東京銀座店に併設のカフェはセレブ御用達。
そんな会社に就職できた朱音はゼミの仲間からは羨望の的。
というのも朱音は大学在学中「のろまでダサい」と言われ続けていた。
スポーツ音痴で芸術もさっぱり。
父親を早くに亡くしていたためバイトに明け暮れ単位はギリギリ。
中途退学して働くことも考えたが5歳上の兄が学費を援助してくれようやく卒業にたどりついた。
なので、上記名門の人気有名企業に採用された事だけで奇跡だった。
ところが更に秋に異変が起こった。
何と朱音は社長秘書に抜擢された。
当の本人は秘書業務も単位もとっておらず、ビジネス文書一つ書けない。
パソコン操作すら危うい。本人もなぜ社長秘書になったのか理由が分からない。
チンプンカンプンの日行業務に追われ、眠い目をこすり夜中まで秘書検定の勉強を始めた。
心身ともに疲れ、毎日会社でいじめに遭っている気分に。
そんな時、とんでもない失敗をしてしまった。
海外からの重要な顧客を出迎えるホテルのラウンジの席を予約し忘れてしまった。
たまたまホテルの支配人の計らいで、レストランで会談することができ事なきを得た。
社長は攻めも咎めもしなかったが、当人に対する態度が変わったような気がした。
彼女は自分が秘書に向いていない、その任務に対応できていないという自責の念はつのっていったが「辛い」とも言えずに時間は過ぎていった。
ある日車で移動中に社長が急に「甘いものは好きだよね」と質問してきた。
和菓子店に就職するぐらいなので、当然のこと。「大好きです」と答えると、運転手に祇園のある店に行くように告げた。
社長は18代目の当主で社長。幼い頃から跡継ぎとして育てられてきた。
「適性」とか「自分の夢」とか関わりない。
決まっていることで、迷う選択肢のないもの。
ただ努力し切磋琢磨してきた。
悩み落ち込んだ時にいつも相談に乗ってもらったのが祇園のそのお店の女将。
お茶屋の女将であったが今はお茶屋を改装して甘味処を商っている。
社長とは長い付き合い。
よくよく思い返すと相談ごとに何か特別なアドバイスをしてくれたわけではない。
ただ、祇園で生きてきた女としての言葉の一つ一つに重みがある。
その一言にどれだけ救われたことか。
そのお店を朱音は社長と一緒に行くことになった。
女将は「えらい別嬪さんを連れて」と茶化す。
「この子があの子だよ」と意味深な言葉。後ろで朱音が首を傾げつつお辞儀をした。
「そうどすか。この娘どすか」
女将の言葉にびくっと身体を強張らせた。
社長が女将に答えるように話し始めた。
「ちょうど2年ほど前でしたか。ここでつい愚痴をこぼしたなあ。毎年優秀な社員が入ってくる。
けどみんな金太郎飴みたいな顔をしている。勤勉で頑張ってくれる。でも頑張ってくれるけど何かが物足りないんや言うて。」
そう言うと、朱音に向き合って
「どうしたらええですやろ。そんな相談というか愚痴を女将にポロリとなあ」
「そうどしたな」
「そうしたらな、女将さんがこう言わはるんや。
『それは間違ごうてます。仕事いうんは頑張るもんやない。気張るもんや』ってな。
『頑張る』と『気張る』似てるけど違う。わかるかな朱音君」
朱音はキョトンとして女将と社長の顔をかわるがわる見た。
「これは女将さんの受け売りやけど、頑張るは『我を張る』こと。つまり自分一人の頑張り、独りよがりやな。
それに対して気張るは『周りを気遣って張り切る』ことや。
仕事は一人ではできへん。周りの人たちを巻き込んでいろいろな考えを一つにまとめて自分の力を発揮することや」
女将が言う「そうどすな。祇園ではよう「おきばりやす」と口癖みたいに言いますなあ」
「話はここからや」
社長が言った。



「昨年、新入社員採用試験で『特別採用枠』を設けた。ペーパーテストや面接試験とは関係なく特別の基準で採用するんや。ここからの話は絶対秘密やで」
社長は続けた。
「採用試験の日に、お弁当をみんなで一緒に食べただろう。
『いただきます』『ご馳走様でした』を声に出して言うかどうか。
それだけできれば合格。成績やその他の能力は度外視という問題や」
朱音は反論した。
「そんな~。誰だってできるに決まっています」
「ところがほとんどできない。若いものに限らない。
レストランや喫茶店で『いただきます』って言うてから食べる人なんて見かけたことないやろ。
うちは食べ物を作る商いをさせてもろうてる。食べ物は命や。
食べ物に日々感謝せなあかんのや」
ここで社長は一息ついた。
「ところがな、困ったことが起きたんや。人事部長の話では、ある女性の受験者がお弁当を前にして大声で言ったんだそうだ。
『手を合わせて!はい!いただきます!』ってな。
するとその場の50人ほどの受験者がつられて『いただきます』と揃って言うたんやてな。
クスクス笑う者もいたそうやが、その一言で控室が小学生の教室みたいな不思議な雰囲気になったと言っていたよ」
「え、それって」
「そのハプニングのおかげで、特別別採用試験問題はおじゃんになった。
だが、まだ話は続くんや。
午後の役員面接のときに、控室を出たところのドアの前に落ちていた紙屑を拾った人がいたそうな。一人だけや」
朱音の顔が徐々に赤味を帯びてきた。
「その人物はね、ドアの前に落ちていた紙屑をサッと拾い、面接室まで案内する係りだった人事部の社員に差し出したそうだ。
実は、その紙屑は我々がわざと置いておいたんだ。
それに気づいて拾い、すぐ近くの設置してあるゴミ箱に捨てるかどうか。
拾えばマル。そのままならバツ。気遣いを見るテストだったわけや」
「そんな~」
「ところがだ、その人物は我々の目論見の上をいったんだ。ゴミ箱に捨てるのではなく、その人事部社員にこう言ったそうだ。
『ひよっとして大切なものだといけないので、受け取ってもらえませんか』ってな。
『どういうこと』と尋ねると、ある一流ホテルの清掃係りの話をし始めたというんやな。
そのホテルでは、お客様の部屋を掃除する時、もし、くしゃくしゃに丸まった紙切れが落ちていても決してゴミ扱いはしない。ひょっとして、たまたまゴミに見えるだけかもしれない。そっと、机の上に置いておくか、既にお客様がチェックアウトされていたら何日間か保管しておくという。
『私はここの会社の人間ではないので、社員さんにゴミかどうか見ていただきたい』と言うたそうや」
女将が言う。
「ええ話しどすな。そんな人を『気張る』いうんやと思いますわ。
いったいどんな顔をしてはるんやろ」
朱音は二人の視線を一身に浴びて真っ赤になっていた。
「今日は君にプレゼントがある。本社の近くの錦天満宮のお守りや。
菅原道真公の御利益で秘書検定試験に合格してや。
ここは錦市場の中にあるから商才の御利益もあるんやで」
ずっと堪えていた朱音の瞳から涙が一気に溢れだした。
「さあさあ、社長さんのお話はここまででええどっしゃろ。
うちの店の名物や、麩もちぜんざい食べてな。冷めてしまわんうちに。」
朱音はぜんざいの入った清水焼の茶碗をそっと手に取った。
「美味しい・・・」
二口、三口。後からかすかな塩見が追いかけてきた。
絶妙な加減の隠し味。女将さんが微笑んだ。
「温まったら、たんとたんとお気張りやす」





※如何でしたでしょうか!

筆者の方は、『朱音は、場の雰囲気を変えるそういう風格を持った人物なのかもしれません。そういう人は貴重だと思います』と、付け加えていました。

今回は長文でしたが、最後までお読みくださり、ありがとうございました。

  


Posted by makishing at 07:11Comments(0)