2022年08月23日

病乗り越え決勝で満塁弾、仙台育英・岩崎


今日は、毎日新聞のGoogleからの記事より【病乗り越え決勝で満塁弾、仙台育英・岩崎】の一部分を割愛して紹介致します。

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(8月)22日の夏の甲子園決勝で、仙台育英(宮城)が下関国際(山口)を破り、春夏を通じ東北勢として初優勝を果たした。七回に相手を突き放す満塁本塁打を放った仙台育英の岩崎生弥選手(3年)は、病を乗り越えた不屈の打者だ。母千春さん(43)はアルプス席で「甲子園に立てたのも本塁打もすべてが奇跡」と目頭を押さえた。

岩崎選手は昨年6月、運動誘発ぜんそくを発症し、寮から自宅に戻った。四六時中嘔吐を繰り返し、逆流性食道炎と食道裂孔ヘルニアの診断も受けた。千春さんにつぶやいた。「野球できなくなるのかな」。中学1年時に世界少年野球大会(12歳以下)の日本代表に選ばれ、優勝に貢献した息子から初めて聞いた弱音。千春さんは表情から見てとった。「野球はやめたくない。体がしんどいのだ」。しかし「無理しなくていい、やめたっていいんだよ」と言うことしかできなかった。

フル出場が難しいなら、背番号を得るには代打だと、ひたすら打撃を磨いた。夏の甲子園を懸けた宮城大会にはメンバー入りできなかったが、甲子園を前に背番号14を渡された。

初戦の鳥取商戦、続く明秀日立(茨城)戦で好機に代打で起用され、ともに適時打を放つと先発メンバーに定着。準々決勝の愛工大名電(愛知)戦では2安打2打点、20日の準決勝・聖光学院(福島)戦では二回、先頭打者として四球を選び大量得点につなげた。今大会の活躍を「苦労と努力が表れた。感動で涙が出る」と語っていた須江航監督(39)は、決勝で満塁本塁打を放ってベンチに戻ってきた岩崎選手を抱きしめた。

岩崎選手は試合後、「みんなの支えがなかったら、この本塁打は出なかった。幸せです」と話した。不屈のバットが、東北の新たな歴史を切り開いた。





※昨日の甲子園決勝で満塁本塁打を放った選手に、このような苦難の去年があったとは、知りませんでした。

高校球児の白熱した試合内容以外の、こうしたドラマが、又多くの人々を感動させました。

仙台育英高校の皆様、優勝おめでとうございます。  


Posted by makishing at 08:59Comments(0)