2015年05月26日

華麗なるスター・スタッフ列伝:小林米三


今日は、阪急阪神ホールディングスの、未来のゆめ・まちプロジェクト事務局発行のフリーペーパー『阪急沿線情報紙 トック5月15日号』より【華麗なるスター・スタッフ列伝】の中の宝塚歌劇団理事長、小林米三氏を紹介致します。





小林米三
宝塚歌劇団理事長



〔略歴〕京都帝国大学経済学部卒業。昭和7(1932)年に阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)に入社し、その後、取締役社長に就任。昭和43(1968)年からは宝塚歌劇団理事長を務めた。昭和44(1969)年2月10日逝去。



宝塚歌劇の父・小林一三の三男。1938年に宝塚少女歌劇団訪独伊芸術使節団の団長として、ドイツ・ポーランド・イタリアに赴く。1962年に宝塚音楽学校理事長、1968年に宝塚歌劇団理事長に就任した。1961年から8年間にわたり雑誌『歌劇』に『見たこと聞いたこと感じたこと』というタイトルでエッセイを連載。その中で宝塚歌劇について、「女性だけでやるからこそ世界一難しい」と書いている。また、1967年に宝塚歌劇で初めてブロードウェイ・ミュージカル『オクラホマ!』の上演が検討された際、断を下すなど、常に宝塚歌劇を愛し、発展を望む人であった。





※宝塚歌劇の裏の立役者の方を、初めて知りました。

どのような組織・団体にも、縁の下の力持ちは、存在するのですね。



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