2021年09月29日

白鵬『変幻自在、探究心のたまもの』


今日は、読売新聞9月28日(火)スポーツ面より【白鵬『変幻自在、探究心のたまもの』】を紹介致します。

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白鵬の勝負に対する研究熱心さは群を抜いていた。

2001年夏場所。初めて序ノ口の番付に、しこ名が載った白鵬の記録は黒星で始まった。当時の体格は1メートル80、80キロ。取り立てて特徴のない16歳の少年に注目する人は皆無に近かった。

だが、幕下から幕内、三役へと番付を駆け上がった頃の白鵬は、スポンジが水を吸い込むように技術を体得した。印象深いのが入幕2場所目の04年名古屋場所。相手を高々と3度もつり上げながら、相手をつったまま土俵外に出ても負けにならない「送り足」という相撲の基本ルールを知らず、逆転負けする失態があった。無知ゆえのスケールの大きさでもあったが、「毎日相撲を取るのが楽しみ」と目を輝かせ、必死に相手に食らいつく姿に底知れぬ潜在能力を直感した。

横綱昇進後は、過去の名勝負の映像を研究し、双葉山や大鵬ら過去の大横綱に心酔する発言も目立つようになった。実際の取り口でも成果が随所に見えた。まわしの切り方や、かいなの返し、四つ身の型、対戦相手に応じた臨機応変の戦法の妙は頭一つ抜けていた。稀勢の里が長い間、賜杯や横綱昇進を阻まれたのは、多分に「白鵬の壁」を崩せなかったことが要因だった。

「絶対的なライバル不在」が白鵬の独走を許したのは確かだが、持ち前の素質や探究心があったからこそ、他を寄せ付けなかったのも事実だ。(上村邦之氏)





※最多優勝45回の偉大な横綱が、とうとう引退しました。

双葉山に次ぐ連勝記録や、横綱在位84場所、16回の全勝優勝、通算1187勝の歴代1位をマークしました。

行動などで評価を下げることも多少ありましたが、数々の大記録達成は、後世に残る偉業です。

大阪へ来てすぐに芽が出ず、すぐに故郷へ返されるかもしれないピンチもありました。

しかし白鵬は、絶対に相撲を諦めることはなかったんですね。

この執着心があれば、なんでも成就すると感じました。

本日も、ありがとうございました。



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